孤独なランナー(Running On Empty) ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne)
【解説】昨夜(2008/11/22)5年ぶりにジャクソン・ブラウンのコンサートに行ってきた。自分もそうだが聴衆の年齢層は40代~50代のおっさん、おばさんだった。70年代~80年代前半に彼の音楽を聴いた年代だろう。残念ながら若者の姿は全く見かけられなかった。ジャクソン・ブラウンの音楽が新しい聴衆に受け入れなれかっということか。そいいう私も、オリジナルLPは5枚持っているが、86年の『Laywers in Love』を最後にオリジナル・アルバムを買ったこともない。当然聴衆は70年代の曲を期待したが、新しいなじみのない曲が多く、中盤は盛り上がらなかった。しかしアンコール前のラスト・ソングがこの「RUNNING ON EMPTY」で、全員総立ちになり、今までの鬱憤を吐き出すように盛り上がったのだった。ただアンコールを締めくくる曲がレゲエ調の見知らぬ曲だったので、聴衆はとまどいを隠せなかったみたいだ。
ジャクソン・ブラウンの歌は、メロディーに派手さはなく、ヒット路線とは縁遠いものだが、歌詞の深さは特別である。(「孤独のランナー」は全米ビルボード11位)
この歌は人生を道に自分をランナーにたとえ、ツアーにあけくれる空しい旅を続けるジャクソン・ブラウン自身の心情を歌ったものである。まさに含蓄のある実に訳詞するに値する歌詩であり最高のロード・ソングである。
~ゴールのないランナー~
By Jackson Browne
俺の車輪の下を流れていく道路を眺めながら
いろんな夏の草原のように過ぎ去った年月を振り返ってみる
1965年、その時俺は17歳で101号線を北上していた
今俺はどこを走っているのかわからない
ただ走り続けているだけさ
走り続けるのさ(空しいままに)
走り続けるのさ(ただやみくもに)
走り続けるのさ(太陽に向かって)
(でも遅れちまってるけどね)
君の愛を失わないようように、できることはやってるよ
生き残るためにやるべきことと混同しないようにしないとね
1969年、その時俺は21歳で、その道が俺の進むべき道だと思った
いつのまにその道が今自分のいる道に変わったのか、わからないけどね
走り続けるのさ(空しいままに)
走り続けるのさ(ただやみくもに)
走り続けるのさ(太陽に向かって)
(でも遅れちまってるけどね)
俺が知っている誰であれ、俺の行くどんな場所であれ
人は信じるに足る理由が必要なのさ
(俺以外の人については知らないが)
もし一晩かかるというなら、それでいい
俺が出て行く前に、君が微笑んでくれるなら
俺の車輪の下を流れていく道路を眺めながら
この生活がどんなにクレイジーなことか
どう君に話したらいいかわからないけど
俺を救い出してくれたかつて頼った友達がいないか見回したんだ
その友達の目をみると、その友達もまた走り続けているのがわかるんだ
走り続けるのさ(空しいままに)
走り続けるのさ(ただやみくもに)
走り続けるのさ(太陽に向かって)
(でも遅れちまってるけどね)
恋人よ、君は魅力的だ
君は親切そうにふるまう術を心得ているよね
ゆっくりしたいけど、遅れてしまってるからそうもできないよ
ねえ、自分は何を見つけたいかもわらなくなっているのさ
太陽に向かって走るのさ、でも随分遅れちまってるけどね
(NO.63)
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